れりすぽっ

気まぐれに気ままにマビノギ系の生活を綴ったモノ。
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駄文の第十話
「キリがないことほど暇つぶしに適している」
 具体的には……まあ色々でしょう。
 ただし、実行の結果として感情が正方向か負の方向かは性格次第。


「終わらないと始まらない。始まらないと終わらない」
 終わらせる方法、始める原動力は任意ですけど。
 とりあえず感情とか仕事の整理はしとかないと。


「同一作業(ルーチンワーク)を繰り返すのに必要なものは?」
 根気とか諦念とか無関心とか。
 現代人としてはデフォルトでお持ちなようです。


「お礼は俺の身体の下半分で!」
 誰かタスケテ。




こういう妙なフレーズはどこから出てくるのか、とよく訊かれます。
9割方はどっかの本です。漫画なり文庫本なり。娯楽文書がメインですね。
どっかのお偉いさん方はそういう本を「低俗だ」と断じることが多いけど、
人の心を動かせるならジャンルは何でもいいと思います。

おっと話題が逸れかけました。

まぁ、本を読んでるとこういう無駄知識がたまりやすいですよ、と。
ただしこういった知識は言語化によって外部に再出力してこそ効力を発揮するものなので、
こうして適度に書きつらねてるわけです。
再出力しないと知識は埋もれてしまいますし。
押入れに荷物を詰め込むと、使われない荷物は埋もれっぱなしになってしまうように。
そのへんがこの文章を書いてる目的だったりします。




ちょっと思いついたので追記。ここからは上記とは思考を切り離して読みましょう。


無駄知識というものについて考えてみます。
「無駄という言葉が使われる事象を全部拾い上げて共通項をピックアップすると、
「無駄」というのは「再利用性・応用性・生産性が低い」ということになると思われます。
再び使われることがない。
応用されることがない。
何も生み出さない。
そういうことが「無駄」ってことなんでしょう。

と、ここで首を傾げます。
無駄知識というのは、使われることがあれば無駄ではなくなるのでは?
要するに、人それぞれによって無駄か無駄じゃないかが取捨選択されてるわけで、
普遍的・恒久的に無駄と言える事象なんて存在し得ないということです。

人によっては無駄知識。人によっては宝のような知識。
要するに、とある事象(知識)の価値を決めるのは人そのものということで、
事象に価値を見出せる人ほど無駄がないとも思えます。
知識に価値を与えて、利用して、役に立てて、なにか生み出す才能を「知恵」と言うのでしょう。

まぁこういったことから自己分析をしてみると――


・知識を埋もれさせすぎ。
・しかも使える量が少なすぎ。
・あまつさえ何も生産的な利用方法をしてません。



うわ、駄目人間だ。
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