れりすぽっ

気まぐれに気ままにマビノギ系の生活を綴ったモノ。
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駄文の第三十話
簡単な幸せの測定方法。


「1日の間に本心から笑った回数は?」



客観的幸福論はともかく、主観的幸福度はこれによって普遍的にわかると思います。
要するに、正の感情>負の感情、となってれば幸福ってことだし。

ちなみに本心からの笑顔は、目尻が下がり気味になります。
その状態になればなるほどいい。
よく「目が笑ってない」と聞きますが、その逆ですね。

街中で人目もはばからずに大声で笑う人たちを見かけるときがありますが、
正直なところ、けっこう羨ましいと思ったり。
あれくらい本気で笑えるなら、さぞかし気持ちいいでしょうねぇ。
はっ、なんか心が枯れかけてる気配がっ。



幸せの逆といえば、不幸。
単純に不幸を測定する方法。


「1日のうちで溜息をついたり、眉間にシワを寄せた回数は?」


客観的幸福論はともかく、主観的不幸度はこれによって蓋然的にわかると思います。
その行動は負の感情の発露だし。
あるいは舌打ち、八つ当たり、愚痴、などなど、
負の感情を表す行動は枚挙に暇がありません。
そういう行動をしてる人は、きっと不幸なんでしょうね。


幸福にしろ不幸にしろ、原因というものがあります。
幸福なら、その原因の維持。
不幸なら、その原因の排除。
原因を特定したり維持・排除する能力が、
幸福と不幸を操作する鍵になるんじゃないかなぁ、と。

貧しい国とか貧しい家に生まれたらどうしようもないじゃん、とか言われそうですが、
それでも笑顔ゼロとか溜息オンリーとかいうことはないし、
むしろそういう状況であるほど、豊かになろうと努力してると思います。
努力してる以上、結果が多少なりとも実って、笑顔が増えるでしょう。
そもそも豊かとか貧困だとかは客観的幸福論の分野だし。


他者はまるっきり無関係というわけではないですが、
主観的幸福においては、他者の基準をばっさり切り捨てて考えるとわかりやすいです。
重要なのは、2つだけ。
明日の自分は今日の自分より笑顔が多くなるか。
明日の自分は今日の自分より溜息が減っているか。



ここまで書いてみると、主観的幸福の維持方法は見えてきますが、
歳を経た人間は客観的幸福も同時に維持しなくてはなりません。
とりあえず、恩返しと人助けは余すことなく実行するとしましょう。

道端で外国の人に道を聞かれたらそこまで案内してあげたり、
雪の道を危なっかしく買い物袋を持って歩いたおばあさんの荷物を持ってあげたり、
自転車を将棋倒しにした愉快な人がいたら笑って手伝ってあげたり、
電車で船を漕いでる人がいたら駅に着くたびにうっかり足を軽く踏んで起こしてあげたり、
まぁ、色々。
いいことをしたあとは気持ちいいものです。もちろんイイことをしたあとも。
たとえそのあと自分の目的地から20分ほど遠のいたり、
自分のアパートまで10分ほど遠回りになろうとも、
通りすがりの女子高校生に「あ、この人が倒したんだ」みたいに失笑されようとも、
さりげなく足を軽く踏むたびにわりと不機嫌な表情をされ、寝直されたりしようとも。

さて、あといくつの笑顔を作って、溜息を消せるんでしょうかね。
自分のも他人のも。

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