れりすぽっ

気まぐれに気ままにマビノギ系の生活を綴ったモノ。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
新大陸観光ということで
東に馬を走らせ西に馬を走らせ北に馬を走らせ南に馬を走らせて、最初に戻って以下ループ。



[新大陸観光ということで]の続きを読む
スポンサーサイト
イベントげっそり満喫中ということで
またしてもクーポンを貯めてみました。
1本目の図面でアタリを引いたこともあって、やる気はまんざらでもなかったし。



さて。
ひたすらクーポンを本に押し込むこと1600回。


とてけてんっとんてけてんっとてけてんてけてんっとてけてんばしゅーしゅごーばしゅーばしゅーしゅばーとてけてんっとんてけてんっとてけてんてけてんっとんてけてんっとてけてんばしゅーしゅごーばしゅーんとてけてんってけてんっとてけてんっばしゅー


……………………

………………

………


はっ。

気がつくと80分くらいの時間が消し飛んでいました。
新手のスタンド攻撃!?



なにはともあれ、とりいだしたります商品券200枚。
ドラえもんに泣きつくノヴィ太君の如き勢いで、ネリスさんに突貫です。

今回飛び出て来る道具、もとい図面は――

[イベントげっそり満喫中ということで]の続きを読む
なにやらイベントということで
クーポン集めを満喫してまいりました。
ええそりゃもう必死に集めましたとも。



mabinogi_2006_04_14_001.jpg

ペットを奴隷という言葉すら生ぬるいほど酷使して。
人権はないですからね、ペットは。便利便利。
すみません、動物愛護団体には内緒にしておいてください。


[なにやらイベントということで]の続きを読む
駄文の第十九話
善悪の概念について徒然と。


世の中には善い事と悪い事の2つの概念が存在するわけですが、
そのへんはどういう基準によって決定されているのやら。

ぶっちゃけると、よくわからないけどフィーリングで使われている概念のような気がします。
が、普段の行動だの、法律の存在意義だの、まぁそのへんをいろいろ考えてみて、
それなりに掘り下げてみると全貌が見えてきました。


結論を言うと、最大多数の最大幸福に殉ずるのが善い事、それに逆らうのが悪い事。
シンプルに言ってしまうと、価値観の多数決ということでしょうか。

ある事象に関して、肯定者が多数いれば善い事、あんまりいなければ悪い事になる。
そういうシステムで決定されているのだと思います。

科学などは自然現象に関する多数決であり、学会などで発表して肯定者が多数いれば、
それは正しい事、あるいは普遍的なことだと認知されています。
善い事という言葉は使われませんが、
価値観の多数決が用いられているのは同じかと思われます。
エライ方々がみんなして「おー、なるほど」と納得すればOK。



上記のように考えると、少数派=悪という公式が成り立ってしまうような気がします。
法律を守っているのは大多数な人であって、
犯してしまうような人は全体的にみれば圧倒的の少数であり、
法に反した時点で、悪と認識されてしまう。
と、言いたいところですが、わりとそうでもないように思います。

法を犯すにも理由とか原因が必ず存在するもので、
その理由が美談チックなら一概に悪とも断定できず、
残虐非道かつ自己満足的であり場合なら、バッチリ悪認定です。
美談チックな理由で法を犯してしまった人は、法的は悪い事なのですが、
個人感情的に見ると、ガチで悪とも言いづらいものがあります。

極端なことを言うと、C4で駅丸ごと爆破する予定の人物をジャストタイミングで発見したら、
その場で傷害レベルにボコっても、悪い事どころか表彰モノです。あら不思議。


このへんの差はどうやって決められているのやら。
前述の価値観の多数決もありますが、
(そりゃ大量虐殺なんぞ巻き込まれて嬉しい人はいませんし)
どうもその一歩手前に有害であるか無害であるか
という決定プロセスがあるように思われます。

無害であることは善かどうかはともかく、有害なのはきっぱりくっきりはっきりと悪です。
多人数に対して有害であるなら悪ということでほぼ間違いないでしょう。

さらにもう一段深く掘り下げて見ましょう。無害か有害かの決定基準は何なのか。
おそらく人間の根源感情とも言える快か不快のどちらを与えてくるか、によると思います。
おいしいとか不味い、楽しいとかつまらない、気持ちいいとか痛い(他意はありません)、
このへんは全て快か不快のどちらかによります。表現が違うだけで。



なんかごちゃごちゃしてきましたが要するに、
価値観の多数決は、個人レベルでの快か不快の多数決によるもの、となるのでしょう。
そこらへんを基準にして、善悪が判定されるようです。たぶん。

つまるところ、たくさんの人を楽しませたり喜ばせたりして、
その経過途中で不快に思う人を発生させなければ絶対善とも言える行為だと思います。
うわー、わりと難しい。


ここまでの戯言が正しいかどうかはともかくとして、
実行に移すには難易度が高いなー、と改めて思い知らされてみたりしてます。ナイス自爆。
言うは易し行うは難し。まったくそのとおり。



さて、明日はどっちでしょう?
各戦闘タイプの考察ということで
ひとまずAPだけに着眼して、近接・弓・魔法、それぞれのマゾさを検証してみましょう。
決してメンテ中に暇だからなんとなく電卓を打ってたわけではナインデスヨ?


※ここから先を読むには「隣の芝は青い」とか「すっぱい葡萄」という
 そのへんの心構えを東京ドーム20リットル分くらい持って臨んでください。
 論争に発展させずに「へぇ、そうなんだ」くらいで受け流す寛容さが必要です。
 書いてる本人が一番駄目っぽいですが。



[各戦闘タイプの考察ということで]の続きを読む
成長記録その7ということで
アサガオの観察のように成長具合を見てみるとしましょう。
1ヶ月に1回しか見ないあたり、果てしなく気が長いような気がしなくもないです。




[成長記録その7ということで]の続きを読む
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。